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うちの猫がいちばんかわいい 6
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続きます
017
私は富士山の外国人入山料は10万程度が相当と考える
山として10万の価値はあると考えるしそれだけの人気もあると考える
また無謀な登山が多すぎる点からも
簡単に登れる山ではない、スニーカーや下手すりゃサンダルて登る馬鹿を防ぐためにも10万が相当だと考える
10万払えないなら下界から臨むだけでも十分な価値がある
見るだけでも価値があり、観光客の減少には繋がらず、静岡や山梨のインバンド減少にも繋がらない
富士山周辺でも遊べるとこは山程あり周遊も出き、もしインバウンドが減少したならば、それは富士山の入山料のせいではないと考える
富士山の保護、整備のためにも10万取るべし!!!!!!!!!!!!!
日本人価格は1万くらいでいいんじゃね?
018
ていうか、富士山の入山料が取り沙汰されたの何十年前よ!
今年になって義務化だなんて甘っちょろいことまだやってたなんて!
富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)は、静岡県富士宮市にある神社。式内社(名神大社)、駿河国一宮。旧社格は官幣大社で、神社本庁の別表神社。社家は富士氏。浅間神社の総本社である。
本宮は「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産の一つとして「富士山本宮浅間大社」の名称で、また、富士山頂の奥宮および末社の久須志神社が「富士山域」の一部である「山頂の信仰遺跡群」の一部として世界文化遺産に登録されている。
019
富士山を神体山として祀る神社であり、境内は以下の2宮からなる。
本宮 - 富士山南麓(富士宮市街地)
奥宮 - 富士山頂上
浅間大社は全国の浅間神社の総本社であり、富士信仰の中心地として知られる。境内は広大で、本宮社地で約17,000m2になるほか、富士山の8合目以上の約385万m2も社地として所有している[2]。本宮の本殿は徳川家康による造営で、「浅間造」という独特の神社建築様式であり、国の重要文化財に指定されている。また、本宮境内には富士山の湧水が湧き出す「湧玉池」があり、国の特別天然記念物に指定されている。
山は神聖なもの 登山は神様に挨拶して登らせていただくもの
自然に背いたらすぐに神の鉄槌を受けるわよ、それが自然よ
020
植村直己だって星野道夫だってみんな自然を愛し自然の中で死んでいる
みんな畏怖の念を持って自然に入ってるのよ
だから覚悟を持ってる
自分は大丈夫なんて思ってない
星野道夫さんの婦人の、顔が穏やかで安らかだったから熊を恨んではいない
その言葉を聞いて確信したよ
自分を襲ってきた熊に愛情と尊敬の念を持っていたんだって
異常な個体だと言うのは資料から見て星野さんは認識されていたと思う
だから半ば予想されてたんじゃないかな
そんな星野さんを死者に口無しで貶めたTBSが憎い
021
>>19
神の鉄槌を受ける→神からの鉄槌がくだされる
かな??
ちなみにアーサー・C・クラークはイギリスのSF作家
代表作は
「2001年宇宙の旅」
022
私は実は神社仏閣にさぼと興味が無い
あるのは「人や想い」だけ
神様や空海は人じゃないだろ!?
いやいやいやいや元は人だし現存してるのは想いだから
神社仏閣は人の手で創ったモノ
モノにはさほど興味が湧かない
ただ「現存」してる「想い」なんてものは殆ど無い
遺って無いんだ
確認出来たのは明日香村くらい
神社仏閣は詣る人の思いが強すぎるんだ
多くは「欲」だ
分かり易い例で言うと「太宰府」
合格祈願と言う分かり易い「欲」で人が集まるため、ドロドロとした「欲」にまみれ具合悪くなるほどだ
023
>>22
現存してるのは想いだから
↑↑
ちょっと間違えた
実在してるのが神社仏閣であり
想いは気だから
024
>>22
確認できたのは明日香村くらい
これも間違えた
高野山
ここにはガイドブックには載っていないある場所があり、そこに空海を確認した
また高野山全体が空海の気に包まれていて神聖だ
高野山に行くと涙が止まらなくなる
キリスト教の方が懺悔するのと同じ感覚かな(たぶん)
心を丸裸にされて何もかもを見透かし包みこまれて涙が止まらなくなるんだ
年末?年始?の頃に行こうと思ったのは疚しかったから
正しい道を選択するために心を丸裸にする必要があった
まぁこの話に他意は無いケドやめとこ
(純粋に仏教や神聖なお話しがしたかった)
025
縄文土器には自然のオーラが漲っている
荒々しいほどに
オーラが燃え上がっている
1日中1個の縄文土器を見つめていられる
ガウディのサクラダファミリアは自然を形にしただけだ
の言葉を聞いたとき、正に縄文土器だと思った
サクラダファミリアと縄文土器って似てるでしょ
自然を形にするとああなるのよ
私には超大自然はみんなああ見えてるわ
026
明日香村には聖徳太子みたいな感じの霊(気)が遺ってるんだ
もうなんの感情も無い霊で、それも私の脳がそう捉えただけ(そう視えただけ)で、その時代の気が未だに強く遺っている
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