「いや、中間的な案をとって、三木にも近く 反主流派にも受けがいい灘尾弘吉総務会長を幹事長にもってくるだろう」
といった噂も乱れ飛んだ。
こうした噂が飛べば飛ぶほど、反主流派の挙党協の中に足並みの乱れが生じることは避けられない。
「三木は人事で反主流派を切り崩すつもりだ」
園田直はそれを心配し、保利茂に電話した。
「お聞き及びかも知れませんが、既に臨時国会前の党、内閣の人事刷新を巡って色々な噂が飛んでおります。それで反主流派の足並みが乱れがちです。そこでこの際、先生に引き締めをお願いしたいと思います」
園田は熊本弁で「先生」を「シェンセェ」と発音して保利に訴えた。
保利は早速、9月1日、挙党協の中堅、若手議員を招集して懇談会を開いた。この席に臨んで保利は久々にその熱弁をふるった。
「8月24日の両院議員総会には皆さん方、三分の二を上回る二百七十余人が参加をした。これは党大会に代わる議員総会となった。そこで決められたものは、いわば正式機関で決定したものであるから党議である。これは正式手続きを踏んで推進しなければならない」

暴力破壊工作は正義です
by左翼

「しかるに三木首相は、この党内多数の意見を無視している。これは多数決という民主主義の原理にもとるものである。この点を私たちは究明をしなければならない」
「三木首相のいい分によれば、自民党への支持は減ったが三木支持は多いという。しかし党内多数が三木総裁に不信感を抱いている以上、三木首相は出処進退を明らかにしなければならない。三木首相の言動は間接民主主義、つまり議院内閣制の基本を忘れたものである」
「またロッキード事件は自民党にとって結党以来の危機である。しかし日本を愛し、日の丸のもとに日本を守ろうという国民がいる限り、保守の基盤である われわれの党が低落することはあり得ない。自民党の敗北は日本敗北である。自民党、ひいては日本のために やってやろうという体制を作らなければならない。それには もちろん反省が必要である。そこで再生自民党の姿を示して総選挙を闘わなければならない。これについて三木君は総選挙で決着をつけるといっておるが、これは受け入れられないことで総選挙以前に われわれは新体制を確立しておかなければならない。それをもって総選挙に臨むのが正しい行き方である」

この保利の演説は、出席していた多くの中堅、若手議員を動かすのに効果があった。この演説で半ば弛緩しかけていた反主流派の態勢が引き締められたことは確かであった。

中曽根幹事長が挙党協側の保利茂、船田中と個別に接触を始めたのは 9月1日の午前から午後にかけてであった。
中曽根は保利との会談に先立って党本部の幹事長室から総理官邸の三木に電話を入れた。
「これから保利さんに会います」
「ご苦労だが宜しく頼むよ」
三木が保利に会うことを嫌っていることは中曽根も承知している。その中曽根も保利と顔を合わせて一対一で応酬することは気の重いことだった。
47年の総裁公選の時、保利は福田赳夫を、中曽根は田中角栄を支持して以来、中曽根と保利とは疎遠な関係になっている。それに中曽根としては保利の政治技術や権謀術数の巧みさを十二分に知悉していたからである。
中曽根はその電話で三木に決断を迫るもののように こういった。
「もし仮に五役収拾案でまとまらない……という事態があった場合、いかようにするか、その決意をしておいていただきたい」
「わかっている」
と三木は返事をした。

この時には臨時国会開会について反対する閣僚を罷免してでも、臨時国会召集を閣議決定して国会を召集すること、その国会の冒頭で解散をすることー という決意を段々と本格的に固めつつあった。
保利・中曽根会談の場所は同じ党本部の総裁室であった。一足先に中曽根は部屋に入って保利を待った。その部屋に保利の姿が現れると、中曽根は立ち上がって
「最近、保利さんの姿をテレビや新聞の写真でしばしば拝見しますが、随分 若返って見えますな。幹事長時代より若返った感じですよ」
そういいながら保利を迎えた。保利は笑みを浮かべながら
「こういう情況だから若返った気持ちでやっとらんとなあ。幹事長時代は長く続いた問題があって、すっかり参っていたんだよ」
といった。
保利がいう幹事長時代とは、佐藤内閣の末期であった。佐藤栄作を頂点とし、閣内は外相になった福田赳夫が握り、党内は幹事長の保利茂が抑えながら「佐藤から福田へ」という禅譲態勢を作ることが使命であった。
だが現実には46年7月にキッシンジャーの北京訪問というニクソン・ショックで佐藤内閣、福田外相は大打撃をうけた。

なぜ、日本の左派は「反日」なのか？

米国の左派はリベラルだが、星条旗に忠誠を誓う。フランス社会党も英国党もドイツ社民党も同様である。もともとは共産党を母体とするイタリアの左翼民主党（現・民主党）ですらそうだった。

ところが日本の左派は違う。昨日のエントリでも指摘したが、民主党の「リベラルの会」ごときは、「金正日マンセー」の議員が代表世話人を務めている。社民党は「北朝鮮による拉致事件はデッチアゲ」と長い間主張していた。共産党も北朝鮮には批判的だが、靖国神社参拝問題や従軍慰安婦問題では中国や韓国と歩調をそろえる。

余談ですが望月衣塑子も中日新聞

さらに台湾を国連から追放しようとするアルバニア決議案を抑えるために、福田外相はロジャーズ米国務長官と相談して逆重要指定決議案を国連総会に共同提案した。しかしそれは10月の国連総会で敗れて、福田は佐藤とともに野党やマスコミから大攻撃を浴びせかけられることになった。
それにこの時期、沖縄国会が開かれていて、佐藤内閣としては沖縄返還協定の批准を是が非でも成立させなければならなかった。
反対に回る野党を相手に、保利は相当の苦労をさせられた。それを乗り切って47年が明けたところで今度は反主流の三木、大平派から佐藤退陣へと強い突き上げを食わされた。それらを御しながら保利は佐藤を引退させ、そして後を福田に禅譲させるという舞台廻しをしなければならなかった。
これはその7月の総裁公選で田中が勝ち、福田が敗れたことで成功はみなかったものの、それだけに保利の苦労は並大抵のものではなかった。保利にいわせれば、その時代は精神的にも肉体的にも参っていたというわけだ。
そして今、保利はまじまじと中曽根の顔を見ながら
ーこの若い幹事長も、おれと同じような苦悩を味わわされているところだ。
と考えた。

坐りながら中曽根の膝を手で叩いた。
「あんたも ご苦労されていますな」
と笑った。
「いやあ、ほんとに苦労しています」
と中曽根も応じた。その後、報道陣を閉め出して二人だけの会談に入った。
「それでは私ども五役の収拾案について説明をさせていただきます」
と中曽根は切り出した。説明が終わった上で中曽根はいい添えた。
「これは われわれがない知恵を絞って作ったものです。党を分裂させずに今日の事態を丸く収めるための ぎりぎりの妥協案だと考えています」
保利は頷きながらそれに答えた。
「党を割っちゃいかんよ。色々いわれておるが、僕くらい分裂を避けなければならない……そう考えている者はいないと思っとる。君もあの時には……」
保利はそこで、遠い昔を眺めやるような仕草をした。
あの時には……というのは、かつて民主党が吉田内閣との連立を巡って連立派と野党派とに割れた時のことをいったのである。
「まあ連立には 君や園田君たちが反対した。それを押し切って犬養氏と僕たちは連立に走って民主党が割れた。今考えても生々しい。胸が痛むことだ。
それにもう一つ。

自民党結成の時、僕は自由党、君は民主党にいて立場を異にしていたが、僕は合同に賛成したが佐藤栄作さんだけは反対だった。吉田茂さんに義理立てしたわけだ。当時の吉田派幹部13人のうち、12人はしぶしぶ賛成したが吉田さんは機嫌を損ねた。吉田さんと佐藤さんだけは自民党に加わらなかった。合同したからといって後味はよくなかったな。だが分裂ということになると、もっと後味が悪い。これからの時代の若い人に、分裂の苦い経験を味わわせてはならないと、僕は考えている」
「そこまで保利さんが考えていて下さるとは、有り難いことです」
「まあ分裂は避けたいという信念があったから、挙党協に加わったんだ。分裂のために挙党協に入ったわけではない。事態を打開せねばならんから入ってくれ、といわれて入ったんだ」
「それならば 何とか五役の収拾案で挙党協をまとめていただけませんか」
「その辺になると、いささか問題があるよ」
保利の口ぶりは穏やかだった。
「挙党協の立場からいわせてもらえば、24日の議員総会では三木君の総裁解任、不信任決議案を出すべきだという声もあったんだが、それは僕たちがどうにか抑えた。

臨時国会前の党一新という決議案に踏みとどまった。君たちの側からみれば議員総会の有効、無効論といったような意見も出るだろうが、とにかく三分の二以上の議員が集まったという事実は認めてもらわねばならん。その三分の二が騎虎の勢いで三木の解任、不信任決議を出しかねまじき勢いだった。それを踏みとどまった。この辺りはこちらが譲歩したことだと受けとってもらわなければ困るよ」
「まあ総理の不信任案を抑えていただいたことは有り難かった」
「だがそれ以来の硬直状態だ……議員総会で臨時国会前の党一新を決議した理由はだね、根本的には三木君の政治姿勢にある。つまり野党と協力しなければやっていけないという考え方、或は保革連立政権でも構わないという考え方、それが三木君にあるように見える。これが三木君に対する第一の不信感だよ」
「一寸待ってください。ある時期、三木さんはそうであったかも知れないとして、今はそのような考え方は毛頭ありませんよ」
「おれもそうだとは思う。そんなものがあってはならない。として第二にはだ、三木君不信任の理由は、もし臨時国会を開けばそこで解散して総選挙を断行するのではないかということだ。